いつもお世話になっております。孫平です。
今回は、物理的な温かさと冷たさが私たちの精神や肉体に影響を与える、「身体化された認知」というものについてみていきたいと思います。
温かいカップを持つと…
まずは、エール大学のジョン・バージ教授と、同大学の大学院生のローレンス・ウィリアムズが、2008年に41人の学生を対象に行った実験をみてみましょう。
被験者たちは一人ずつロビーに招き入れられ、アシスタントと一緒にエレベーターで4階の研究室まで案内される。
その途中で、アシスタントから、少しの間コーヒーカップを持っていて下さいと頼まれる。
このとき、半分の被験者にはホットコーヒーを、もう半分の被験者にはアイスコーヒーを持たせた。
被験者は研究室に入ると、Aという人物(架空の人物)についての情報を見せられ、Aに対する評価を尋ねられた。
10の評価項目のうち、5つは人としての温かさや冷たさを連想させるもので、残りの5つは温かさや冷たさとは関係のない性質について尋ねられた。
結果は、ホットコーヒーを持たされた被験者は、Aを優しく穏やかで親切だと答えた割合が著しく高く、アイスコーヒーを持たされた被験者は、Aを優しくなく怒りっぽくて利己的だと答えた割合が高かった。
また、温かさ冷たさとは関係のない性質については、両者の評価に違いはみられなかった。
つまりこの実験からは、物理的に感じる温かさや冷たさが、対人関係の感じ方に影響を及ぼしている可能性があると言えそうなのです。
孤独は本当に冷たい?
別の実験も紹介しましょう。これは、トロント大学の研究者が行ったものです。
被験者を二つのグループに分け、片方のグループには、仲間外れにされたなど孤独感を感じた経験を思い出すように指示し、もう片方のグループには、仲間に入れてもらえて嬉しかった経験を思い出すように指示した。
その後、実験担当者から、この部屋が暑いか寒いか大学の設備部が知りたがっているから、部屋の気温が何度ぐらいだと思うか教えてほしい、と質問された。
この質問に対して、排除され孤独を味わった経験を思い出した人の平均は21.4度、仲間から受け入れられた経験を思い出した人の平均は24度だった。(すべての被験者は同じ気温、同じ環境の、同じ部屋にいた。)
また、このトロント大学の研究者たちが行った別の実験からは、「孤独を感じた人はそうでない人よりも指の温度が下がる」ことや、「一度孤独を感じても、温かい飲み物を持たせると感情が改善する」ことが分かりました。
これらの実験からは、人が寒く感じるか暖かく感じるかは、部屋の温度だけでなく、その人の心理状態にも大きく左右されるということが言えそうです。
温度は行動にも影響を及ぼすのか?
最初に登場した、エール大学のバージとウィリアムズが行った別の実験では、次のようなことも明らかになりました。
マーケティングの調査という名目で「新製品」の癒し用パックを持たせたあとに、実験協力への謝礼を選ばせると、
温かいパックを持った被験者で、自分用のギフトを選んだ人は46%、他人用のギフトを選んだ人は54%だった。
一方、冷たいパックを持った被験者で、自分用のギフトを選んだ人は75%、他人用のギフトを選んだ人は25%だった。
またパックを持たせたあとに、「投資家ゲーム」に参加してもらうと、冷たいパックを持った人より、温かいパックを持った人の方がより相手を信頼し、より多くの金額を投資した。
これらの実験からは、人は物理的な温かさを感じると、気前がよくなり、他人への信頼感も強くもつ可能性がある、と言えそうです。
実生活に活かすには
ここまでみてきた温かさの効果は、実は一時的なもので、長くは続かないことも分かっています。
しかし、その一時的な判断の違いが将来に大きな影響を及ぼす可能性も十分あるでしょう。
そのため、このような効果を上手く活用することがとても重要になってきます。
私たちが無理なく実践できることとして、以下のようなことが想定できそうです。
①デートや商談、交渉のときには、相手に温かい飲み物を飲ませる。
②商談や会議、パーティーなどを行うときは、部屋を暖かくしておく。
たったこれだけでも、相手は私たちのことを信頼し、親近感をもち、気前よく振る舞ってくれる可能性が高まるかもしれないのです。
その他にも、夫婦で真面目な話し合いをしたいときには温かい飲み物を出したり、保育園や学校で仲間はずれになっている子どもがいたら室温を少し上げたり、温かい服装をさせたり、温かい食事や飲み物を出したり、など様々な場面で使えそうです。
是非、この物理的な温かさ・冷たさの影響を意識して過ごしてみてはいかがでしょうか。
【参考文献】
タルマ・ローベル『赤を身につけるとなぜもてるのか?』2015年(文藝春秋)
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